灯りの抑揚
「ランプシェード」とは、直截的に言えば「陰を作る」ための器具です。
おそらく、一般家庭で最も普及している照明器具である「シーリングライト」が、出来るだけ陰を作らないための器具であるのと正反対です。
一灯で部屋全体を照らす
リビングのようなある程度の広さのある部屋で、一灯で十分な明るさを確保しようと思えば、シーリングライトが第一選択肢になるのは当然です。
特に、未だ家具の入っていない引越し直後などは、生活スタイルや部屋での導線も確定していません。
そんな状態では、そもそも照明計画の根拠が乏しいです。
闇雲に明るさにムラがある照明設計をしても、むしろ生活スタイルが限定されてしまい、かえって不便を感じることになりかねません。
取り敢えずで入れるなら陰の出づらいシーリングライトが無難と考えるのも、また当然かもしれません。
そして、いざ生活スタイルが落ち着いてきた頃には、シーリングライトは実用面で不便の少ない照明器具です。
結局、そのまま一灯で部屋の明かりを賄う形に落ち着いてしまっても大きな問題は起きないでしょう。
「明かり取り」という意味でシーリングライトの実用性は折り紙付きです。
シーリングライトの弱点
大は小を兼ねる
比較的万能で実用性において欠点の少ないシーリングライトですが、弱点が無いわけではありません。
シーリングライトは、明るさにおける「大は小を兼ねる」の発想で選ばれていると言えます。
その結果、部屋の至る所が「明るすぎる」状態になっている可能性が高いのです。
部屋のどこにいても不便のない明るさを確保するために部屋全体を満遍なく照らすシーリングライトは、結果的に明るさが必要ない場所さえも照らし続けてしまいます。
情報量が多くなりがち
「暗いならともかく、明るすぎて何が困るの?」
困るって程ではないんです。
ただ、往々にして「気の抜けない空間」になってしまいます。
「全部見えてしまう」わけですから。
我々は、部屋を素敵に演出したいと考えて、インテリアや絵画や花などで部屋を飾ります。
ところが一方で、そこで生活している以上、敢えて見たい(見せたい)わけではないが隠してしまうと不便なものが部屋には結構あるものです。
家電のリモコンの類であったり、ティッシュペーパーであったり、掛けたタオルであったり、箱で買った缶ビールであったり、ビニール袋に入ったアレコレだったり…etc。
それら部屋に存在するもの全てが、等しく照らされてしまうわけですから、見せたいインテリアに意識がフォーカスしません。
また、視覚的な情報量は非常に多くなり、少し気を抜いただけで雑然とした印象になってしまいます。
もしこれを徹底的に避けようと思えば、きっちりと整理整頓し、見せたい物だけが見えている状態をキープし続ける必要があります。
奥行き感が乏しくなりがち
ムラなく明るいということは、陰が少ないということです。
特に、「日本の部屋は白すぎる!」なんて言われるくらい、手を加えなければ元々が白い天井・壁という部屋が支配的です。
白い天井・壁は光の反射率も高いですから、たとえシーリングライト一灯でもそれが明るすぎるくらい明るければ、反射光は間接光として十分に回り込みます。
結果として、明暗のコントラストに乏しい空間になってしまい、のっぺりとした印象の部屋に。
また、高い反射率の白壁はシーリングライトの強い光を反射すると、境界としての存在感が強くなるため、部屋を狭く感じさせる要因にもなります。
この「のっぺり感」や「圧迫感」も、避けようと思うと天井・壁紙・床など境界の色、あるいは家具の色や配置を工夫する必要があります。
落ち着かない
シンプルに、明るいと気分は高揚し、暗いと落ち着く傾向があります。
リラックスしたい時に、周りが明るすぎると気分は高止まりし、落ち着けない要因となることもあります。
これは個人的な意見ですが…
仕事・勉強・作業では、作業領域の明るさは必要です。
しかし、領域外の環境光は暗い方がいいこともあります。
個人的には、事務的な書類作業や単純作業や情報処理など、ある程度のテンションを保ってやっつけたい時は周りが明るい方が捗りますし、開発に悩んだり作文・推敲したり趣味に没頭している時の閃きや創造力は暗い方が鋭い気がします。
実用性満点なシーリングライト
明るさの実用性という観点では万能で欠点らしい欠点を見つけることが難しかったシーリングライトですが、灯りによる装飾・演出という観点から見るとまた違った評価が見えてきます。
むしろ、灯りの装飾の観点で「シーリングライト一灯こそが最適」といったケースは実はかなり限定的なのかもしれません。
なぜならば、シーリングライトが「極力陰を作らない」=「抑揚の少ない」灯りを作り出す照明器具だからです。
ちょっと言い訳
「灯りの装飾性」における「明暗のコントラスト」に焦点を当てた時、「シーリングライト一灯で全灯状態」が、極端に小さいコントラストの例として具体的にイメージしやすいだろうと思い、同じく極端に大きいコントラストのランプシェードの対極に置いたに過ぎません。
実を言えば、弊社switchで製造するシェードで一番数が出ているのもまたシーリングライト用のシェードなのです。
シーリングライトを悪玉にしたい理由は全く無いんです。
シーリングライトの弱点としてコントラストの小ささを挙げておいて今更ですが、シーリングライトも使い方やシェードの工夫などで、明暗のコントラストを作ることは可能ですし、コントラストの調整時には現実的な選択肢として有力ですし、そもそも、明暗のコントラストを作ることが絶対的に「正しい」とかいう話でもありません。
それに関してはまた別の機会に書こうと思います。
が、今回は引き続きコントラストの効果効用について掘り下げていきます。
灯りの装飾としての抑揚
視覚的な情報量を調整
明るさにコントラストがあれば、自然明るい方へ視線は向きますし、見た時によりはっきりと見えます。
逆に暗い方はそもそも意識が向きづらいですし、視線を向けても見づらいです。
意識・無意識に関わらず、明るい箇所の情報量は多く、暗いと少なくなります。
灯りを効果的に使うことで、視線や意識が向くのを避けたり、逆にフォーカスさせたりできます。
部屋の雑然とした印象を軽減できますし、装飾を効果的に見せることもできます。
空間に奥行きを持たせる
視覚的に距離感を感じさせる要因は多くあります。
中でも影は最も直感的に奥行きを感じさせる要素の一つです。
また、平面的に考えても明るいものは近く、暗いものは遠く感じます。
部屋の「のっぺり感」「圧迫感」を軽減できます。
一灯でも抑揚は作れる
一灯で抑揚を作る
一灯で灯りの抑揚を作ろうと思うと、どうしても暗くなりがちですが、条件次第ではご自宅でも十分可能です。
暗くて良いシーン
例えば、寝室です。
ベッドに入った後、本を読んだり、スマホをいじったりしがちですよね。
部屋の明かりはいらないが、手元の明かりは欲しい時など、スタンドタイプのランプシェードは最適です。
また、もう少し広くベッド周りに明かりをという場合は、低めに吊ったペンダントシェードなども良い雰囲気です。
狭い場所
トイレや玄関など、狭い空間では機能的にも一灯でしょう。
シェードの透過感で調整したり、敢えてセンターを外すなど設置場所を工夫することで、機能性を担保すると共に抑揚が生まれ奥行き感や落ち着いた空間を演出できます。
部屋自体がシンプルな作りであるほど、他のインテリアとフリクションを起こしそうな尖った意匠のランプシェードでも使いやすくなります。
また、「狭い=壁が近い」ため、模様の影が出るランプシェードなどもより効果的に遊べます。
トイレや玄関などは、照明を変えてみて初めて、案外明るさが要らなかったことに気づくことの多い場所でもあります。
初めてランプシェードを試すにも絶好の場所です。
意匠的にも灯りの装飾的にも大胆な照明を試しやすいトイレ・玄関は、少し手を加えるだけで生活に思いがけず新しいリズムを生むかもしれません。
極端なコントラストだって楽しめる
クラシックなランプシェード
多灯で灯りを設計していくとなると、ランプシェードを使うことになります。
ランプシェードと一口に行ってもスタイルはペンダント・スタンド・ブラケット、素材も布・紙・ガラス・金属…、シェードの型や大きさなど考えたら無数にありますし、機能にしろ意匠にしろ「こんな照明が欲しい」と思えば必ず選択肢が見つかるはずですし、オーダー頂ければお作りします。
逆に、「このランプシェードを使いたい」と思ったらどうでしょう。
弊社switchを象徴する代表的な製品に『fabric』シリーズがあります。
伝統的な型を現代の住環境で使いやすい意匠にモディファイしていますが、張替えを中心にコテコテのクラシックシェードも作り続けています。
クラシックなランプシェードは型も素材も伝統的にはデコラティブです。
誤解を恐れずに言えば、アクが強いものも多く、こと現代・こと日本では非常に趣味性の高いものも多くあります。
趣味性が高いがゆえに一概には言えないのですが、例えば、それらクラシックなランプシェードのオーソドックスな使い方として、海外的かつ古典的なテキスタイルの壁紙やクラシックなアンティークかアンティークライクな意匠の家具でコーディネートされた部屋に設置すれば、無理なく調和します。
そんな部屋では、抑揚という観点で言えばかなりコントラストの強い灯りがハマります。
部屋の中に「暗がり」すらある部屋を楽しむ方もいらっしゃるのです。
シーリングライトが灯りの抑揚において極端な存在であるのと同様、ランプシェードの中でも特に古典的なランプシェードは、対極的に極端な使い方がある照明器具の一例と言えます。
多灯で実現するより広い空間での灯りの抑揚…の前に
昔の記事の焼き直し
もう5年も前になりますが『ランプシェードとの付き合い方』という記事を書きました。
この記事は、照明器具に関心が薄くあまり意識を向けてこなかった方に、少しでも照明器具に関心を持って欲しいと思って書いた記事でした。
そのため、「現在シーリングライトを使っている人が、シーリングライトに替えてランプシェードを設置した」というかなり極端なシチュエーションを足掛かりに、照明器具の機能的な区別やランプシェードの特性等、「灯りの装飾性」を大掴みに表現した記事となっています。
その後、すぐに続編を書くつもりでいたのですが、如何せん「灯り」に対する不勉強でなかなか着手できませんでした。
今回でいうところの「シーリングライト一灯」状態と「ランプシェード一灯」状態が、直観的には両極だろうとはわかるんです。
ところが、その両極の間で各々が自分にとっての実用性・装飾性の快適なバランスを追求して欲しいと提案するには、灯りに対する体系的な知識や、それに基づく具体的な手立てが必要です。
以前の記事の「明暗のコントラストは雰囲気を演出」から深掘りしていくことが、思いのほかハードルが高かったのです。
いつか勉強しようと思いながら早5年。
遅きに失した感は否めないのですが、最近ようやくチャンスが訪れました。
Instagramで知り合った照明プランナーの吉澤麻由香さん、彼女が3月に主催した「照明計画」に関するzoomセミナーに参加しました。
このセミナー自体は、他の参加者の顔ぶれからして、一応プロユースのセミナーだったようですが、非常にわかりやすく平易な言葉で展開されたセミナーで、私の関心事であった「灯りによる装飾」に対する多くの疑問やモヤモヤに出口が見えました。
セミナーでは「明暗のコントラスト」のことを「抑揚」と表現していました。
抑揚ってなんだ、抑揚の効能、抑揚の調整法、「暗いな」に対して抑揚の中で「明るさ感」を確保する方法(「明るさ」では無いところがまた…)など、知りたかった事にビタビタにハマりました。
いよいよ材料は揃いました。
今回は、手始めに「抑揚の効能」を中心に過去記事をリライトしました。
次回からはようやく、「明暗のコントラストで雰囲気を演出」を深掘りし、バランス良く快適な空間を作るためのコツや、その裏付けとなる少しだけ専門的・体系的な灯りの考え方を通して「ランプシェード多灯による灯りの抑揚」を書いていきたいと思います。